日中の個室。テレビの音だけが聞こえていて、ご本人はベッドの端から立ち上がろうとしています。この部屋で、あなたなら最初にどこへ動きますか?
この記事は、介護のKYT(危険予知トレーニング)にそのまま使える例題と解答です。居室のイラストにひそむ危険8つと、何から手を打つかの順番、施設の勉強会での進め方までまとめました。作ったのは、施設で生活相談員をしているわすれものです。

介護のKYTとは|事故の前に「危なさ」を言葉にする練習
KYTは、危険予知トレーニングの略です。もともとは工場や建設の現場で広まった、事故を防ぐための練習方法です。
やり方は単純で、ふだんの場面を描いた絵を見て、どこが危ないか、どうすれば防げるかをチームで話し合います。介護の現場では、転倒や誤嚥、移乗の事故を防ぐ研修としてよく使われています。
事故が起きてから振り返るヒヤリハットに対して、KYTは起きる前に危なさに気づく練習です。新人の教育にも、ベテラン同士の目線合わせにも向いています。
例題|この部屋で、最初に動くならどこですか?
上のイラストを見て、危ないところを探してみてください。ひとつではありません。
ただし、全部を同時には直せない、という条件つきです。見つけた危険のうち、まずどこから手を打つか。順番まで考えるのが、このKYTの問いです。
答えを見る前に、紙に書き出しておくと練習になります。勉強会なら、一人ずつ書き出してから見せ合うと、気づきの差がよく分かるでしょう。勉強会で使うときは、ここで5分ほど時間をとってください。
解答|この部屋にひそむ危険8つ
1. 床を這うテレビのコード
いちばん目に入る危険です。しかも、ご本人が立ち上がった一歩先にあります。つまずけば、そのまま前に倒れる位置です。家具の裏を通す、壁ぎわに固定するなど、通り道から外します。
2. 車いすが離れた場所にある
車いすはテレビの横にあり、ベッドから数歩の距離です。ご本人が自分で車いすまで歩こうとすれば、その数歩が転倒の場面になります。移る予定があるなら、ベッドの近くに寄せておきます。
3. 車いすのブレーキ
実はこのイラストの車いすには、ブレーキが描かれていません。SNSで出題したとき、そこを見抜いた方がいました。現場でも、つかまった瞬間に車いすが動けば転倒につながります。寄せたら、ブレーキがかかっているかを必ず確かめてください。
4. フットレストが下りたまま
フットレスト(足を乗せる台)が下りたままだと、移るときに足が引っかかります。乗り降りのときは上げておくのが基本です。
5. ベッドの端で前かがみ、つかまる所がない
ご本人はベッドの端に浅く座り、前かがみになっています。立ち上がる直前の姿勢です。ところが、手でつかまれる柵や介助バーがありません。支えがないまま立てば、ふらついたときに体を戻せないのです。
つかまる所をつくるかどうかは、身体拘束にならない形での検討が必要です。立ち上がりを助ける介助バーと、出られないように囲む柵は、目的がまったく違います。線引きは介護の身体拘束のグレーゾーンで整理しています。
6. スリッパ
ご本人はスリッパを履いています。かかとがなく、滑りやすく、脱げやすい履き物です。立ち上がりや歩き出しの一歩目で足元がずれやすくなります。かかとのある靴に替えるのが安全です。
7. ナースコールが近くにない
ベッドのまわりに、ナースコールが見当たりません。呼びたくても呼べない状態です。ご本人が手を伸ばせば届く場所に置いておきます。ナースコールを押さない方への工夫は、トイレに行こうとして転ぶ人へ|施設でできる6つの手立てで書きました。
8. 窓
大きな窓は、外へ出ようとしたときに乗り越える場所にもなるのです。とくに2階以上の部屋では注意がいります。多くの施設では、窓が全開にならないようストッパーで止めています。この部屋でもそうなっているか、確かめておきたいところです。
何から手を打つか|私の答えは「まず声をかけて、そばへ」
8つ見つけても、全部を一度には直せません。私の答えは、まずご本人に声をかけて、そばへ行くことです。
危険を見つけると、体はついそちらへ向かいます。コードを片づけに行きたくなる。でも、いちばん危ないのは、ご本人が立ち上がる瞬間です。「少し座って待っていてくださいね」と一声かけ、そばに立つ。片づけは、そのあとで間に合います。
そのうえで、次の順に整えていきます。
- ご本人に声をかけ、そばで立ち上がりを支える
- 床のコードを通り道から外す
- 車いすを寄せ、ブレーキを確かめ、フットレストを上げる
- スリッパをかかとのある靴に替える
- ナースコールを手の届く所に置く
- 介助バーの要否と窓の止め具は、チームで確認する
最後の2つは、その場で一人では決められない対策です。気づいたことを記録に残して、カンファレンスにつなげます。
SNSで出題したら、答えはこう割れた
このイラストをXで出題したところ、30件を超える答えが集まりました。最初に挙がったものを数えると、次のような割れ方でした。
- 床のコード:いちばん多く、半分以上
- 車いす(寄せる・ブレーキ・フットレスト):次に多い
- まず本人に声をかける:少数
- 窓・ナースコール・スリッパ:ごく少数
ここに、KYTのいちばんの学びがあります。目立つ危険には、みんなすぐ気づきます。けれど、ブレーキや窓のような地味な危険は、何人かで見てはじめて見つかるのです。
答えの順番も割れました。「コードから」という人と、「まず本人に声をかけてから」という人。どちらが正しいかを決めるより、なぜそう考えたかを話し合うことに意味があります。
施設の勉強会での進め方(約20分)
KYTには、中央労働災害防止協会(中災防)が示している「4ラウンド法」という基本の進め方があります。このイラストに当てはめると、次のようになります。
1ラウンド|どんな危険があるか(5分)
イラストを見て、「〇〇なので、〇〇になる」の形で危険を出し合います。たとえば「コードが一歩先にあるので、立ち上がった足が引っかかって転ぶ」。数を出すことを優先し、この段階では否定しません。
2ラウンド|これが危険のポイントだ(5分)
出た危険のうち、いちばん重大なものに印をつけます。今回なら「立ち上がりの瞬間に支えがない」が候補になるでしょう。
3ラウンド|あなたならどうする(5分)
印をつけた危険について、具体的な対策を出します。「まず声をかけて、そばに立つ」のように、その場でできる行動で答えるのがこつです。
4ラウンド|私たちはこうする(5分)
対策の中から、チームで実行するものを1つ決めます。「立ち上がりそうな方には、まず声をかけてそばへ。ヨシ」のように、短い合言葉にして全員で唱和します。
進め方の詳しい手順は、中災防の資料も参考になります。事故やヒヤリハットの振り返りとあわせて行うなら、介護施設で多いヒヤリハット事例8選も、あわせて読んでみてください。
応用|同じ部屋を「夜」にしたら?
勉強会に慣れてきたら、条件を変えて同じ絵を使ってみてください。たとえば「この部屋が夜中だったら」と問いかけます。
部屋が暗くなれば、床のコードはさらに見えにくくなります。夜勤は職員の数も少なく、目が届きにくい時間です。昼の答えと夜の答えを比べると、同じ部屋でも優先順位が変わることに気づけるはずです。
危ないところを見つける力は、場数で伸びます。月に1枚でも、チームで絵を見て話す時間をつくってみてください。

この絵を出題したとき、答えの多くはコードでした。でも、ブレーキや窓に気づいた方もいて、私自身が教わりました。一人の目では見えないものが、何人かで見ると見えてくる。KYTのいちばんの良さは、そこだと思います。
