防げる事故と防げない事故|介護現場で線を引く5つの視点

記録用紙を見て話し合う介護職員と、奥で思い思いに過ごす利用者のイラスト 介護の仕事と人間関係

今月は事故報告がゼロでした。

良いことのはずなのに、どこか落ち着かない。そんな月はありませんか。

介護の事故には、防げる事故防げない事故があります。この2つを分けないまま「ゼロ」を目標にすると、いつの間にかご利用者の生活のほうを削っていることがあります。施設で生活相談員をしているわすれものが、現場で線を引くときの見方と、ご家族への伝え方をまとめました。

先に結論|ゼロを目標にすると、減るのは事故ではなく生活です

転倒をゼロにする方法なら、すぐに思いつきます。歩かせない。立たせない。常に座っていてもらう。

それで事故は減ります。減りますが、その人の一日はほとんど何もない時間になります。

だから現場で必要なのは「ゼロにする」ではありません。この事故は防げたのか、防げなかったのかを分けることです。分けられれば、次に手を入れる場所が見えます。

この分け方ができていないと、どの事故にも同じ対策が並びます。「注意する」「見守りを強化する」。書いた側も、読む側も、次に何が変わるか分かりません。

逆に分けられていれば、防げる事故には手順や環境で手を打てます。防げない事故は、減らす対象ではなく備える対象になります。

防げる事故と防げない事故の線引き

線を引くときに見るのは、結果の重さではありません。事前に分かっていたかと、分かったうえで手を打てたかの2つです。

防げる事故防げない事故
予測過去に同じことが起きていた/記録に兆候が残っていた初めての動きだった
手立て人手や環境を変えれば避けられた避けるには行動そのものを止めるしかなかった
濡れた床をそのままにしていた。柵の外し忘れ。申し送りの漏れ自分で立てる方が、いつもどおり立って、いつもと違う崩れ方をした
次にやること手順・環境・情報の共有を直す記録に残し、同じ崩れ方が続かないか見る

防げる事故は仕組みの問題です。人を責めても直りません。

防げない事故は、ご本人が自分で動いた結果として起きます。ここを減らそうとすると、動きを止める方向にしか進めません。

迷ったときの3つの問い

どちらか決めきれない事故もあります。そのときは順番に3つだけ確かめます。

ひとつ目。同じことが前にもあったか。記録をさかのぼって、似た場面が残っていれば防げる側です。

ふたつ目。気づいていた人がいたか。誰かが「危ないと思っていた」と言うなら、その情報が共有されていなかっただけです。

みっつ目。止めるしかなかったか。防ぐ方法が「その人の行動そのものをやめさせる」しかないなら、それは防げない事故に入れます。

3つ目で止まる事故を無理に防げる側へ入れると、対策欄に「見守りを強化する」としか書けなくなります。そして人は増えません。

事故の種類ごとの全体像は介護施設の事故はなぜ起きるのかにまとめました。報告書の書き方の考え方は事故報告書で大切な5つの視点へどうぞ。

事故ゼロが続いたとき、確かめたい3つのこと

数字が良いときほど、中身を見ておきたいところです。

1. 外に出る回数、立ち上がる回数が減っていないか

事故が減った月に、レクの参加人数や歩行の記録も一緒に減っていることがあります。安全になったのではなく、動く機会が減っただけという場合です。

2. 「危ないから座っていてください」が増えていないか

声かけの中身は記録に残りません。だから気づきにくい。ふだん自分が何と言っているかを、半日だけ思い出してみてください。

3. 守りたかったのは、記録か、生活か

ここがいちばん大事だと思っています。事故のない記録は、確かに仕事の成果です。ただ、それはご本人のためのものだったか。記録のための安全になっていないかを、ときどき確かめる必要があります。

念のために書いておくと、事故を減らす努力そのものは正しいことです。問題は目標がゼロになったときに、手段が行動制限へ寄っていくことのほうです。

家族に「絶対に転ばせないでください」と言われたら

見学や入居のとき、よく言われる言葉ではないでしょうか。ご家族としては当然の気持ちで、責める意味で言っているわけではありません。

ただ、そのまま「はい」と答えると、あとで苦しくなります。約束できないことを約束してしまうからです。

否定せず、できることとできないことを分ける

「転ばせません」とは言えません。でも「何もしません」でもありません。この2つの間にあることを、具体的に伝えます。

たとえば、こういう言い方です。

「転倒を完全になくすことはお約束できません。ただ、お母さまが転びやすい時間帯と場所は記録で分かっていますので、そこに人を置きます。夕方のトイレの前後です」

数字と場面で話す

「気をつけます」は、伝わっているようで何も決まっていません。いつ・どこで・何をするかまで言えると、ご家族の受け取り方が変わります。

動きを止める方向の提案は、先に線を引いておく

「ベッドを柵で囲んでほしい」と求められることもあるでしょう。ここは事故ではなく身体拘束の話になります。施設の指針に沿って説明してください。どこからが拘束にあたるかは身体拘束のグレーゾーンで整理しました。

ご家族が施設に強く求めてくる背景には、不安以外の事情があることもあります。施設にクレームを言う家族の本音もあわせてどうぞ。

入居のときに先に伝えておくと、あとが楽になります

事故が起きてから説明するより、起きる前に話しておくほうが、ご家族の受け止め方は変わります。

入居の面談で、私は3つ伝えるようにしています。

転倒をゼロにはできないこと。どれだけ人を置いても、自分で動ける方が動くかぎり可能性は残ります。ここを曖昧にしないほうが、あとで信頼を失いません。

そのうえで何をしているか。環境整備、時間帯を決めた見守り、起きやすい場面の記録。具体名で伝えます。

起きたらすぐ連絡すること。ご家族がいちばん不安なのは、事故そのものより「後から知らされる」ことです。

この3つは、書面に一度書いておくと、担当者が替わっても同じ説明ができます。口頭だけだと、伝えた人と伝わっていない人が出ます。

安全にしすぎているときのサイン

行きすぎかどうかは、道具の使い方を見ると分かりやすいと思います。

離床センサーは分かりやすい例です。必要な方に使えば有効ですが、つけすぎると同時に鳴って、対応が追いつかなくなります。安全のための道具で、かえって手が足りなくなる。鳴るたびに駆けつけて座っていただくことが目的になっていないか、一度見直す価値があります。使い方の工夫は離床センサーに振り回されないためににまとめています。

介助そのものにも、同じことが起きていないでしょうか。危ないからと先に手を出すと、できていたことができなくなっていく。「もういい」と言われる介助で扱った話です。

よくある質問

事故報告を出すと評価が下がるのでは、と思ってしまいます

報告が減った施設は、安全になったのではなく出さなくなっただけのことがあります。出た数ではなく、同じ事故が繰り返されていないかを見るのが本来です。評価の基準が数だけになっているなら、それは現場ではなく仕組みの側の問題です。

ご家族から「なぜ見ていなかったのか」と言われました

その場で理由を並べるより、まず起きたことを時系列で正確に伝えるほうが伝わります。そのうえで、次に何を変えるかを具体的に1つ示します。賠償や責任の範囲にかかわる話になったときは、施設の管理者と連携し、必要に応じて専門家に相談してください。


防げない事故をゼロにはできません。できるのは、防げるものを確実に減らして、防げないものを記録に残し、次に備えることです。

事故が起きなかった日より、その人が自分で歩いた日のほうを覚えていたいと思っています。

わすれもの
わすれもの

事故の件数だけを見ていると、だんだん「何も起きない一日」が良い一日に見えてきます。でも、ご家族が面会に来て嬉しそうに立ち上がる姿を見ると、守りたかったのはこっちだったな、と思い直します。数字は大事ですが、数字の向こう側にある生活のほうを、先に置いておきたいところです。

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