三回目の説明を終えると、相手はきちんと目を見て「はい、わかりました」とうなずく。それなのに翌日、同じ場面でまた手が止まっている。
外国人介護職員の教え方でつまずくとき、原因は本人の日本語力だと思われがちです。現場を見ていると、そうでない場合のほうが多い。渡す順番と、言葉の切り方を変えるだけで、同じ人が驚くほど動けるようになります。この記事では、受け入れから最初の1か月で何をどう伝えるかを5つに絞って書きました。あわせて、そのまま現場で使える言い換え表も載せています。
高齢者施設で生活相談員をしているわすれものです。介護の現場に25年いて、新しく入る職員の受け入れや、指導役になった職員からの相談を調整する側に立ってきました。
先に結論|つまずく原因は、日本語力ではなく渡す順番
「何度言っても覚えてくれない」という声はよく聞きます。ところが同じ人が、入浴介助の手順だけは一度で覚えていたりする。差がついているのは能力ではありません。伝え方の順番です。
日本語で育っていない人にとって、いちばん負荷が高いのは「察して動く」ことです。日本の介護現場は、言葉にしていない部分がとても多い。「そこ、お願い」で通じてしまう文化のなかに、いきなり入ることになります。
だから最初の1か月にやるのは、暗黙になっている部分を言葉に戻す作業です。教えることを増やすわけではありません。すでに教えたつもりでいることを、分解して渡し直すだけです。
最初の1か月で伝える5つのこと
1. 初日は業務を教えない
初日に手順を詰め込んでも、ほとんど残りません。緊張と情報量で飽和します。
初日に渡すのは3つで足ります。トイレと休憩室と更衣室の場所。自分の名前と、フロアの人の呼び方。そして「困ったとき、まず声をかける人」。
最後のひとつがいちばん効きます。誰に聞けばいいか分からない状態が続くと、人は聞くのをやめてしまう。質問しない職員が育つのは、性格の問題ではなく初日の設計です。
「分からないことがあったら誰にでも聞いてね」は、実は何も指定していない言葉です。名前をひとり決めて伝えてください。
2. 「なぜ」より先に「いつ・どこで・何を」
日本の新人教育は理由から入ることが多いですね。ご利用者の尊厳、自立支援、その人らしさ。どれも外せない話です。
ただ、抽象的な言葉は最後に効くものです。先に置くと、記憶に引っかかりません。
順番を逆にします。「9時。101号室。水分をコップ1杯すすめる」。動作が身についてから「なぜ水分なのか」を足す。理由が入る器ができてからのほうが、はるかに深く届きます。
3. 日本語は短く切る。敬語よりやさしい日本語
伝わらない文には共通点があります。長いこと。それだけです。
「今ちょっと手が離せないので、あとでこちらから声かけますから、先に休憩に入っていただいて大丈夫ですよ」。これは日本語話者にも長い文です。
「今は手が離せません。10分後に呼びます。先に休憩してください」。同じ内容が3つの短い文になりました。
ふだん使っている言い方を、そのまま置き換えられる形にしたのが次の表です。フロアに貼って共有すると効きます。
| 現場でよく使う言い方 | 伝わる言い方 |
|---|---|
| ちょっと待ってて | 5分待ってください |
| そこ、お願い | 山田さんの上着を持ってきてください |
| 適当でいいよ | 今日はしなくていいです |
| なるはやで | 12時までにしてください |
| 気をつけて | 右手を持ってください |
| 様子を見ておいて | 30分に1回、部屋を見てください |
| もうちょっと優しく | 手のひら全体で支えてください |
右側に共通しているのは、数字と動詞です。いつまでに、体のどこを、どうするか。曖昧な副詞を数字に置き換えるだけで、事故の芽もひとつ減ります。
話し言葉が整うと、記録と申し送りも変わります。ここでつまずく人はとても多い。書けないのではなく、何を書けばいいかを教わっていないだけのことがあります。
記録は最初、三つの枠だけ渡します。いつ、何があったか、どうしたか。「10時。歩くとき、ふらつきがあった。腕を持って部屋まで一緒に歩いた」。これで十分に伝わります。感想や推測は、慣れてから足していけば間に合います。
4. 接遇は気持ちではなく型で渡す
接遇の指導は「相手の立場に立って」で終わってしまいがちです。育った文化が違う相手には、これはほとんど情報になりません。
型にして渡します。入室のノックは3回。名前を呼んでから体に触れる。声をかけてから車椅子を動かす。目線を合わせてから話す。
型が身についた人は、あとから自分で意味を見つけます。逆の順番はなかなか起きません。
このとき「日本の礼儀だから」とは説明しないほうがうまくいきます。理由をケアに戻してください。「驚かせないため」「怖くないようにするため」。これなら国が違っても通じます。
5. 確認は「わかりましたか」ではなく「やってみせて」
「わかりましたか」と聞けば、たいてい「はい」が返ってきます。分かっていなくても返ってきます。分からないと言うことが失礼にあたる文化圏は、珍しくありません。
確認は動作でします。「やってみせてください」。手順を声に出して言ってもらうのでも構いません。
できていない部分が見えたら、そこだけをもう一度渡します。全部を言い直さないでください。できていた部分まで自信をなくしてしまいます。
叱るときに、してはいけない2つのこと
ひとつ目は、人前で指摘することです。日本人職員にもこたえますが、外国人職員の場合は退職に直結しやすい。母国語で言い返せない場面で複数の視線に囲まれる負荷は、想像よりずっと大きいものです。
ふたつ目は、失敗の話と人格の話を混ぜることです。「またこれ。ちゃんとやる気ある?」と言われても、内容は何も残りません。残るのは、嫌われたという記憶だけです。
順番はいつも同じで足ります。事実、影響、次にどうするか。「柵が下りていました」「転ぶと骨折します」「次は離れる前に柵を確認します」。この3文で終わりです。
伝えたいことが1つなら、話も1つにしてください。ついでに前の失敗を足すと、全部が薄まります。
教える側が、ひとりで抱えこまないために
指導役に指名された職員が、いちばん先に消耗します。通常業務をそのまま持ったまま、翻訳と教育と感情の受け止めまで乗ってくるからです。
相談員として調整に入るとき、まず見るのは指導役の担当数です。人を増やせない施設でも、その人の記録業務や委員会をひとつ外すことはできます。
もうひとつは、教える内容をひとりで決めさせないこと。5つの項目と言い換え表を紙にして、フロア全員が同じ言い方をする。指導役の負担の半分は「人によって言うことが違う」ことの後始末です。
1か月たったら、覚えた業務の数ではなく、質問の数を見てください。増えていれば設計はうまくいっています。減っているときは、聞きにくい空気ができていないかを疑います。
教え方が人によって違うと新人が混乱するのは、相手が日本人でも変わりません。この構造については先輩によって教え方が違うときの対処法にも書きました。あわせて読むと、指導役の設計を考えやすくなります。
外国人職員本人がどう働き方を整えるかは、外国人介護職員のための仕事の心得にまとめてあります。教える側と本人で読むものを分けてみてください。話が噛み合いやすくなるはずです。
よくある質問
日本語能力試験のN2があれば安心でしょうか
試験の日本語と、現場の日本語は別物です。N2を持っていても「なるはや」「様子を見ておいて」は習いません。反対に、N4でも言い換え表があるフロアなら動けます。級だけで判断せず、最初の1か月の設計で見てください。
宗教や食事の配慮は、どこまで聞いていいのでしょうか
業務に関わる範囲であれば、入職のときに本人へ直接聞いて構いません。礼拝の時間、食べられないもの、休みたい日。曖昧にしたまま互いに気を遣うほうが、動きにくくなります。「配慮したいので教えてください」と伝えれば足ります。
外国人介護職員の教え方に、これだけが正解という形はありません。それでも最初の1か月に渡すものが決まっていれば、教える側の迷いはかなり減ります。うまくいかない日があっても、順番に戻ればいい。

教える側になった職員から相談を受けると、話を聞いていくうちに、その人の指導が下手なわけではないと分かることがほとんどです。フロア全体が曖昧な言葉で回っていて、その負荷が指導役ひとりに集まっている。言い換え表をつくる作業は、新しく入る人のためだけのものではありません。自分たちがどれだけ察し合いで動いていたかが見えてきます。焦らず、1か月かけて渡していってください。

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