玄関の物音がするたびに、心臓がすくむ。夜、目が覚めるたびに隣の部屋を確認しに行く——認知症の徘徊が始まると、家族は一日中気を張りつめて暮らすことになります。この記事では、①徘徊が起きる理由、②家族が今日からできる5つの備え、③出ていこうとしたときの接し方、④もし行方不明になったときの動き方を、順番にまとめました。
先に結論だけお伝えします。認知症の徘徊対策の最初の一手は「いなくなってから」ではなく「いなくなる前」の事前登録です。お住まいの地域包括支援センターに電話して「見守り・SOSネットワークに登録したい」と伝える。今日やることは、実はこれだけでも十分です。
介護施設で生活相談員をしているわすれものです。介護歴は25年になりますが、ご家族から受ける相談の中でも特に切実なのが、この徘徊の悩みでした。現場で実際に使われている備えと接し方を、家庭でできる形でお伝えします。
最初の一手は「いなくなる前」の事前登録
全国のほとんどの市区町村には、「認知症高齢者等の見守り・SOSネットワーク」という仕組みがあります。道に迷う心配のある方の名前・特徴・写真などを事前に登録しておくと、万が一行方不明になったとき、警察や地域の協力機関(バス会社・コンビニ・郵便局など)に一斉に情報が流れ、早期発見につながる仕組みです。
窓口は市区町村の高齢福祉の担当課、または地域包括支援センター。多くの自治体で登録は無料です。ポイントは、「まだそこまでじゃない」と感じる段階で登録しておくこと。実際にいなくなってから慌てて登録することはできません。
この仕組みの最大の課題は「住民に知られていないこと」だと言われています。逆に言えば、知った今日が登録のいちばんのチャンスです。
徘徊には、本人なりの「目的」がある
外から見ると当てもなくさまよっているように見えても、本人の中にはたいてい理由があります。代表的なのは次の3つです。
① 「帰る」「行く」という目的がある
昔住んでいた家に帰ろうとする、かつての職場に出勤しようとする——本人にとっては意味のない放浪ではなく、真剣な外出です。だから「どこ行くの!」と叱っても止まりません。
② 不安や落ち着かなさを抱えている
今いる場所が自分の居場所だと感じられない不安から、外に出ようとすることがあります。夕方に落ち着かなくなるのはよく見られるパターンで、「夕暮れ症候群」と呼ばれることもあります。
③ 昼夜のリズムが乱れている
日中の昼寝が長くなると夜眠れなくなり、深夜に目が覚めて外へ出てしまう、という流れが生まれやすくなります。
3つに共通するのは、本人は家族を困らせようとしているわけではないということ。責めても改善せず、むしろ不安が強まって悪化しがちです。必要なのは説得ではなく、備えと接し方の工夫です。
家族が今日からできる5つの備え
備え1:見守り・SOSネットワークに事前登録する
前述のとおり、これが最優先です。地域包括支援センターに電話1本。登録の際に本人の写真や特徴を整理するので、後述の「備え5」も同時に進みます。
備え2:GPSなどの見守り機器を検討する
自治体によっては、GPS端末の貸出や初期費用の助成を行っています(名称は「はいかい高齢者救援システム」「GPS利用支援サービス」など様々)。まずお住まいの自治体名+「認知症 GPS」で調べるか、地域包括支援センターで聞いてみてください。
機器選びより大事なのが持たせ方です。認知症の方はカバンや端末を置いて出てしまうため、靴の中敷きタイプ、お守り袋に入れて杖に付けるなど、「本人がいつも身につけている物」に仕込むのがコツです。
備え3:衣類や持ち物に連絡先を付ける
上着の内側や襟元に、名前と連絡先のアイロンシールを付けておきます。最近は、発見者がスマホで読み取ると家族に通知が届くQRコードシールを無料配布する自治体も増えています。外から見える場所に大きく名前を書くのは、本人の尊厳と防犯の面からおすすめしません。さりげなく、が原則です。
備え4:ご近所とよく行く店に伝えておく
「認知症を近所に知られたくない」という気持ちは、多くのご家族が抱える自然な感情です。ただ、行方不明からの早期発見でいちばん力を発揮するのは、実は地域の目です。向こう三軒、よく歩く道のコンビニ、なじみの店。「見かけたら連絡ください」と伝えてある家庭ほど、発見が早い——これは現場で繰り返し見てきた事実です。
備え5:最新の写真と「特徴メモ」を用意する
行方不明時、警察への届け出でまず聞かれるのが本人の写真と特徴です。顔と全身の最近の写真、よく着る服、歩き方の特徴、行きそうな場所(昔の家・職場・学校・墓地など)をスマホのメモにまとめておきましょう。これは今日、家の中だけで完了する備えです。
5つすべてを今日やる必要はありません。まず「備え1の電話」と「備え5の写真」。この2つだけで、守れる可能性は大きく変わります。
出ていこうとしたときは、止めるより「ついていく」
玄関で腕をつかんで引き止めると、本人は「誘拐される」ほどの恐怖を感じて興奮し、かえって危険なことがあります。本人には目的があるので、正面から否定しないのが基本です。
現場でよく使われるのは、こんな工夫です。「一緒に行きましょう」と並んで歩き、少し歩いたところで「お茶でも飲んでから行きませんか」と方向を変える。「今日はもう遅いので、明日にしましょう」と先送りにする。玄関にセンサーやベルを付けて、出る前に気づける環境を作る。
「家に帰りたい」という訴えが繰り返される場合の向き合い方は、帰宅願望への疲れない向き合い方で詳しく書いています。
なお、徘徊が急に増えたときは、体調不良や薬の影響が背景に隠れていることもあります。かかりつけ医やケアマネジャーに早めに相談してください。
もし行方不明になったら——ためらわず110番
「警察沙汰にするなんて大げさでは」とためらうご家族は少なくありません。でも、認知症の行方不明は事件でなくても届け出てよいのです。警察もむしろ早い通報を勧めています。発見までの時間が短いほど、無事に見つかる可能性は高くなります。最初の数時間が勝負です。
動き方は3つ同時に。①110番または最寄りの警察署に行方不明者届を出す。②地域包括支援センターとケアマネジャーに連絡する(SOSネットワークが動きます)。③家族・親族は「行きそうな場所リスト」を分担して探す。
そして見つかったら、責めないでください。「よかった、心配したよ」だけでいい。叱られた記憶は残り、次から外出を隠すようになって、発見がもっと遅れてしまいます。
よくある質問
Q. 徘徊感知機器は介護保険でレンタルできますか?
できます。玄関などに設置してお知らせする「認知症老人徘徊感知機器」は福祉用具貸与の対象です(原則要介護2以上、例外給付の仕組みもあります)。ケアマネジャーに「夜の外出が心配」と伝えれば提案してもらえます。
Q. 「徘徊」という言葉は使わないほうがいいのでしょうか?
本人には目的があることから、最近は「ひとり歩き」と言い換える自治体や事業者が増えています。この記事では検索されやすさから「徘徊」を使っていますが、大切なのは呼び方そのものより、「目的のある行動なのだ」と知って接することだと考えています。
Q. 夜間の見守りで家族が眠れず限界です
備えだけでは家族の睡眠は守れません。ショートステイや小規模多機能型居宅介護など、夜間の負担を減らす介護サービスの利用を検討してください。ひとりで見張り続ける前提を手放すことも、立派な徘徊対策です。
認知症の徘徊対策とは、本人を閉じ込めることではなく、「安心して出かけて、無事に帰れる仕組み」をつくることです。その他の症状別の対応は認知症の困りごと対応ガイドにまとめています。

相談員として、行方不明の連絡で地域が一斉に動く場面を何度も経験してきました。早く見つかるご家庭に共通するのは、日頃の備えと「ご近所に伝えてあったこと」です。ひとりで抱え込まず、地域と仕組みを味方につけてくださいね。

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