介護施設で生活相談員をしておりますわすれものです。
「うちの親をちゃんと見ているのか」
介護施設で働いていると、一度は耳にする言葉かもしれません。言われた側は、頑張っているだけに傷つくことがあります。一方で、その言葉を口にしたご家族もまた、不安や葛藤を抱えていることが少なくありません。
私は生活相談員として、ご家族からのご意見やご不満を伺う機会が多くあります。そのなかで感じるのは、クレームの多くが「怒り」そのものではなく、「どうしていいか分からない気持ち」の表れだということです。
今日は、施設へのクレームが生まれる背景について考えてみたいと思います。
なぜ、施設へのクレームはなくならないのか

在宅介護の限界を感じて施設への入居を決めた家族は、ほぼ例外なく「罪悪感」を抱えています。「自分が面倒を見られなかった」「施設に入れてしまった」——この気持ちは、入居後もじわじわと続きます。毎日会えていたのに、週に1回しか顔を見られない。スタッフが親の着替えを手伝い、入浴させ、食事を介助している。それを横で見ながら、「自分のやるべきことを他人にやってもらっている」という後ろめたさを感じている家族がたくさんいます。
その罪悪感と不安が積み重なったとき、ちょっとしたきっかけでクレームという形になって噴き出す——これが、施設へのクレームが繰り返される根本的な理由です。クレームは施設への「攻撃」ではなく、家族の「心の叫び」であることが多い。そのことを理解すると、対応のあり方が変わってきます。
クレームになってしまう、3つの理由
理由① 施設に入れた「罪悪感」が怒りに変わる

人間は、罪悪感や後悔を長く抱えていると、それを「怒り」として外に向けることがあります。心理学的には「置き換え」と呼ばれる防衛機制です。「こんな小さな傷ができている」「着替えが昨日と同じだ」「なんで連絡してくれなかった」——一見、施設への細かい不満に見えるこれらの言葉は、実は「自分が側にいてあげられなかった」ことへの自責の念が形を変えたものだったりします。
怒りをぶつけられた施設スタッフは傷つきます。でも、その言葉の奥に不安や戸惑いを抱えているご家族も少なくありません。話を丁寧に伺っていくと、「どうしたらいいのか分からなくて…」「つい強い言い方になってしまった」と本音を打ち明けてくださることがあります。怒りに見える言葉の背景には、親を思う気持ちや介護への葛藤が隠れていることもあるのです。
理由② 「疎外感」を感じている

施設に親を預けてから、「自分はもう必要ない存在になってしまったのかもしれない」と感じる家族がいます。スタッフが親の日常に関わり、食事も入浴も介助する。面会に行くたびに、スタッフのほうが自分より親のことをよく知っているように見える——そのことに、じわじわと疎外感を覚えるのです。
「なぜ教えてくれなかったのか」「なぜ連絡が来なかったのか」というクレームの多くは、「自分もこの人の介護に関わりたい」という願いの裏返しです。家族は施設を責めているのではなく、「介護から切り離されたくない」と言っているのかもしれません。その気持ちを受け取れると、対話の入り口が見えてきます。
理由③ 「情報不足」が不信感を育てる
「転倒したのに電話がなかった」「体調が悪かったと後から聞いた」——情報共有の遅れや漏れは、家族の不信感に直結します。施設側としては「大事にならなかったから報告しなかった」つもりでも、家族にとっては「隠していた」「軽く見られていた」と映ります。情報の大小を判断するのは施設側ですが、家族が何を重要と感じるかは人によってまったく異なります。
特に認知症の進行に敏感なご家族は、「いつもと少し違う」という変化に強く反応します。そうした方には、ちょっとした変化でも先に共有しておくことが、不信感の芽を摘む一番の方法です。
本当に必要なのは「本音を聞く」こと

クレームを受けたとき、つい「そんなことはありません」「ちゃんとやっています」と返したくなります。でも、そこで一歩立ち止まり、「この家族は今、何に不安を感じているのだろう」と考えてみてください。クレームの言葉をそのまま受け取るのではなく、その奥にある感情を拾いにいく姿勢が、関係を変えるきっかけになります。
実際、クレームを言いに来た方が、話しているうちに涙をこぼすことは珍しくありません。最初は「ちゃんと見ているのか」と怒っていた方が、「実は…夜中に泣いているんです」と打ち明けてくれることもある。その言葉を聞いた瞬間、場の空気が変わります。怒りではなく、悲しみと不安を抱えた一人の人間として、その方と向き合えるようになるのです。
今日からできる、小さな「歩み寄り」3つ
①クレームを受ける側:まず「聞く」に徹する
クレームを受けたら、最初の5分は説明よりも傾聴を優先してください。「どのような点がご不安でしたか」「もう少し詳しく教えていただけますか」——相手の言葉を繰り返しながら聞くだけで、多くの家族は「自分の話を聞いてもらえた」と感じ、攻撃的なトーンが和らいでいきます。弁解や反論はその後でも遅くない。まず「あなたの言葉を受け取る」という姿勢を示すことが、信頼関係の第一歩です。
また、クレームは施設へのフィードバックでもあります。「連絡が少ない」「説明がわかりにくい」——そうした声を真摯に受け取ると、チーム全体のケアの質を上げるヒントになることもあります。
②クレームを言う側:「相談」として伝えてみる
施設に伝えたいことがあるなら、「クレーム」ではなく「相談」として話してみてください。「こういうことが気になっているんですが、どうでしょうか」という言い方は、施設スタッフも動きやすくなります。怒りとして伝わってしまうと、スタッフも防衛的になり、話が前に進みにくくなります。でも相談として伝えると、一緒に解決策を考える関係に変わりやすい。
そして、もし以前きつい言葉を言ってしまったことがあるとしても、自分を責めないでください。それはあなたが親を大切に思っているからです。その気持ちは、施設のスタッフにもきっと伝わっています。
③施設側:家族を「チームの一員」として迎える
家族を「外からクレームを言ってくる人」としてではなく、「一緒にご本人を支えるチームの一員」として位置づける——この意識の違いが、現場の空気を大きく変えます。「このあいだ〇〇さんがとても楽しそうでした」という小さな一言、ケアプランの内容を丁寧に説明すること、日常の出来事を自発的に共有すること。こうした積み重ねが、家族の「疎外感」を減らし、信頼の土台をつくっていきます。
家族が「ここのスタッフは自分たちを仲間だと思ってくれている」と感じたとき、クレームではなく「相談」という形で話しかけてくれるようになります。関係性が変わると、施設全体が働きやすくなります。
まとめ:クレームの向こうにある「愛情」を見る

クレームの多い家族は、実は「愛情の深い家族」です。無関心な家族はそもそもクレームを言いません。「もっとこうしてほしい」という要求の裏には、「親にこうあってほしい」という切実な願いがあります。その願いを、施設への攻撃としてではなく愛情の表れとして受け取り直したとき、関係は確かに変わります。
家族も施設も、向いている方向は同じ——ご本人に穏やかに過ごしてもらいたい、ということ。その共通点を起点にすると、対話が変わり、ケアが変わり、施設全体の雰囲気が変わります。クレームを恐れるのではなく、その奥にある声を聞きに行く勇気を、互いに持てたらと思います。

生活相談員をしていると、クレームの裏側には不安や罪悪感、そして親を大切に思う気持ちが隠れていることを感じます。
私も最初は言葉をそのまま受け止めて傷ついていました。しかし今は、「何があったのだろう」「どんな思いでこの言葉を伝えているのだろう」と考えるようになりました。
不思議なことに、厳しいご意見をいただいたご家族ほど、その後に深い信頼関係が築けることがあります。
クレームとして届いた言葉の奥には、言葉にならない心配や願いがあるのかもしれません。そんな気持ちに少しでも寄り添える相談員でありたいと思っています。

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