「今日、病院は何時だったかね」。5分前に答えたばかりの質問が、また来る。朝からもう10回目。笑顔で返しながら、胸の奥がすり減っていく。
この記事では、認知症の人が同じことを何度も言う理由と、疲れない返し方を5つ紹介します。先に大事なことを言うと、毎回まともに答え続けなくていいんです。その理由から説明します。
介護施設で生活相談員をしているわすれものです。「同じ質問がいちばんこたえる」。ご家族からの相談で、そう打ち明けられることは本当に多いです。徘徊や暴言より地味なのに、毎日確実に削ってくる。それがこの症状です。
なぜ同じことを何度も言うのか|3つの理由
返し方の前に、理由をひとつだけ押さえてください。本人は繰り返しているつもりがない、ということです。
理由1|記憶が「今」に残らない
認知症では、ついさっきの出来事が記憶として残りにくくなります。5分前に聞いたことも、本人の中では「まだ聞いていない」のです。つまり毎回、初めて質問しています。わざとでも、あなたを試しているのでもありません。
理由2|不安を埋めようとしている
同じ質問の裏には、たいてい不安が隠れています。今日はこれから何があるのか。自分は忘れていないか。ちゃんとやれているか。確かめずにいられない気持ちが、同じ質問という形で表に出てきます。だから病院や薬、お金など「失敗できないこと」ほど繰り返されるのです。
理由3|あなたの反応そのものが安心になっている
答えの中身より、「聞いたら応えてくれた」という体験が本人を落ち着かせています。質問は、つながりの確認でもあるのです。これはあなたが頼られている証拠でもありますが、だからこそ、応え方に工夫がいります。全部に全力で応えていたら、もちません。
ここでひとつだけ、避けたい返しがあります。「さっき言ったでしょう」です。本人の記憶にはない事実を突きつけられると、不安に屈辱が上乗せされて、混乱や怒りにつながります。指摘しても記憶は戻りません。言いたくなる気持ちは当然ですが、効果がないうえにお互いが傷つく、損しかない一手なのです。
疲れない返し方5つ
現場で使われていて、家庭でも再現しやすいものを選びました。上から順に試しやすい並びにしています。
返し方1|「決まった短い答え」を用意しておく
毎回、新しい会話として組み立てなくていいんです。「病院は3時だよ、一緒に行くから大丈夫」のように、短い決まり文句をひとつ作って、毎回同じように返します。本人にとっては毎回初めての質問なので、同じ答えで何の問題もありません。考えずに返せる形を作ることが、消耗を防ぐ第一歩です。
家族が複数で対応しているなら、決まり文句は共有しておきましょう。人によって答えが違うと、本人の不安はかえって強くなります。
返し方2|事実より「感情」に返す
質問の正体が不安なら、効くのは正確な情報より安心です。「何時だっけ」に時刻だけ返すより、「3時だよ、準備はしてあるから心配いらないよ」と気持ちの側に一言添える。こちらの方が、次の質問までの間隔が延びることが多いです。
返し方3|答えを「見える場所」に置く
カレンダーの今日の欄に「病院 15時」と大きく書く。ホワイトボードや紙を、本人の定位置から見える場所に貼る。質問されたら「ほら、ここに書いてあるよ」と一緒に見る。これを繰り返すと、人ではなく紙に確認する習慣がついていく方もいます。全員に効くわけではありませんが、試す価値は十分あります。
書き方にもコツがあります。情報は1枚に1つだけ、大きな字で。日付の質問が多い方には、日付が大きく出るデジタル時計や日めくりカレンダーも役立ちます。あちこちに貼りすぎると読まれなくなるので、本人の目線が自然に行く場所を1〜2か所だけ選んでください。
返し方4|話題と場面をやさしく切り替える
質問のループに入ったら、正面から抜けようとせず、横にずらします。「そうだ、お茶にしようか」「洗濯物たたむの手伝って」。場面が変わると、質問ごと忘れてくれることがよくあります。不安の対象から注意を離す、と考えてください。
切り替え先には、昔の話も向いています。「お母さんの若いころは、どうだったの」。古い記憶は残りやすいので、本人が語れる話題は安心につながりやすいのです。
返し方5|限界のときは、その場を離れる
何をしても続く日はあります。イライラが声に出そうになったら、トイレでも洗面所でもいいので、いったんその場を離れてください。数分離れて深呼吸してから戻る方が、感情のまま返してしまうよりずっといい対応です。離れることは、冷たさではなく技術です。
離れる前に、火の元や玄関など安全だけ確認してください。数分の不在なら、多くの場合それで十分です。
質問が急に増えたときは、サインかもしれません
いつもより繰り返しが明らかに激しい日が続くときは、背景に別の原因が隠れていることがあります。体調不良や痛み、薬の変更、引っ越しや入院などの環境の変化。不安が大きくなる出来事があると、確認の質問は一気に増えます。
「最近ちょっとおかしいな」と感じたら、様子のメモを持ってかかりつけ医に相談してください。原因側が落ち着けば、質問も元のペースに戻ることがあります。
イライラする自分を、責めないでください
「分かっているのにイライラしてしまう」「きつく返して後悔した」。そんな相談を何度も受けてきました。そのたびにお伝えしているのは、同じことです。何十回も同じ質問に答え続けて疲れない人は、いません。イライラはあなたが冷たいからではなく、それだけ長く向き合ってきた証拠です。
施設でも、同じ質問には職員が交代で応えています。ひとりで受け続ける前提の仕組みに、そもそもなっていないのです。家庭でそれをひとりで担っているのですから、しんどくて当たり前です。
つい強い口調になってしまう日が続くなら、心が限界に近いサインかもしれません。怒りが止まらないときの向き合い方は別の記事に書いています。
そして、ひとりで抱え込まないでください。デイサービスやショートステイで質問の受け手を分散させることも、立派な対応のひとつです。ケアマネジャーや地域包括支援センター(高齢者と家族の総合相談窓口)に「同じ質問がつらい」と、そのまま伝えて大丈夫です。
繰り返し以外の困りごと(徘徊・介護拒否・夜間の不眠など)への対応は認知症の困りごと対応ガイドにまとめています。
よくある質問
Q. 質問を無視してしまってもいいですか?
完全な無視はおすすめしません。反応がないと不安が増して、質問はむしろ激しくなりがちです。ただ、毎回丁寧に向き合う必要はありません。家事をしながら「3時だよ」と短く返す。それで十分な応答になっています。
Q. 張り紙を見てくれません。意味がありますか?
貼ってすぐは見ない方が多いです。質問されるたびに「ここに書いてあるよ」と一緒に見る、を繰り返して初めて習慣になります。数週間単位で気長に。それでも合わない方はいるので、効かなければ決まり文句と切り替えを軸にしてください。
全部の質問に、全力で答えなくていい。今日はまず、決まり文句をひとつ作ることから始めてください。

施設では職員が交代で質問を受けますが、家では受け手があなたひとりです。同じ条件で比べたら、家族の方がずっと過酷なんですよ。だから、手を抜く工夫は悪いことではありません。決まり文句と張り紙、ぜひ試してみてください。


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